ダブルヒット?シングルヒット?

まつやん

2008年01月11日 22:16


「バシャ!」
私のフライにヤマメがヒットした!

私:「よしっ!」

T:「ちっ!」

私のヒットを見て、同行しているTは舌打ちをした。
普通ならこんなリアクションをするはずは無いのであるが…。

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この日、釣友のTと近くのA川に釣行に来た。
この日のA川はすこぶる反応がよく、釣り始めて2時間くらいで、
お互い自分の体の指では足りないくらいの渓魚を釣っていた。
しかし、贅沢なものであまり釣れすぎるとつまらなくなる。
釣り始めて2時間経過したところで二人とも少しだれてきた。

T:「釣れすぎだな。」

私:「全く。」

T:「今日だったら何を流しても釣れるな。」

私:「あぁ。」

T:「じゃ、フライを同時に流したらどうなるかな?」

私:「お、面白そう!やってみるか!」

ということで、それまでは一人は前で釣り、
もう一人は後ろで見る、という形だったが、
そこからは私が右岸側に立ち、Tが左岸側に立った。
フライは二人ともエルクヘアカディスを結んだ。

われわれはそこそこのFF歴で、大体魚の着き場も分かっているし、
狙ったポイントへキャストできる能力はあった。

私:「あのポイントだったら、あの流れの筋だな。」

T:「だね。じゃ、あそこの上流1mにフライを落とそう。」

私:「よっしゃ。」

二人同時にロッドを振り始め、
タイミングを合わせてフライをポイントへ落とす。
大体狙ったとおりに流れの筋の左側に私のフライが、
右側にTのフライが落ちた。
ゆっくり流れてくるフライ…。

「バシャ!」

魚が食いついたのはTのフライだった。

T:「よしっ!」

私:「おぉ!」

22〜23cmのきれいなイワナだった。

T:「まずは1勝ね。」

私:「次は俺だからな!」

次は石裏のたるみである。
またも二人でたるみにフライを浮かべる…。

「バシャ!」

今度は私のフライに来た!

私:「よっしゃ!」

T:「あら。」

これも22〜23cmのきれいなイワナだった。

私:「これで1勝1敗!」

こんな感じで勝負?をし始めた訳であるが、
不思議なことにこれ以降、
魚のヒットがきれいに交互に来るのである。
しかもTが小さい魚を釣れば、私も小さい魚、
Tが良型を釣れば、私も良型。
先に釣ったのはTだったが、
完全に互角のままそれぞれ8匹釣った。

釣友とは言っても、釣りをする前からの友人で、
遠慮せずお互いものを言うので、
口げんかをすることもしばしばあった。

そんな二人なので、さすがにこのときになると目の色が違っていた。
そしてやや険悪なムードすら流れていた。
そのムードをお互い、
「あいつは絶対俺に勝とうとしている!」
という風に感じ取っていた。
「なら、俺も負けられない!」
お互いそう思っていた。

T:「なんか、らちがあかないから、先に10匹釣った方が勝ちね!」

私:「いいよ!」

このペースから行けば、先に10匹釣るのはTになってしまうが、
そういわれて、「いやだ。」とは言えない。

次のポイント。
二つのフライがひらきを流れてくる…。

「バシャ!」

Tのフライに魚が食いついた。

T:「よし!これであと1匹!」

私:「くそ!」


次のポイント。
またしても絶好のひらき。
流れてくる2つのフライ。

「バシャ!」

私:「よしっ!」

T:「ちっ!」

冒頭のやり取りは、この場面でのやり取りだったのである。
これで9匹釣り上げて、タイである。
次に魚を釣ったほうが勝ちである。
二人は目も合わさず、次のポイントへ同時にフライを打ち込んだ。
左右に30cmの間隔をあけて、流れてくるフライ。

すると…
「バシャ!」
「バシャ!」

なんと、2つのフライに同時に飛沫が上がったのである!

Tと私:「ダブルヒット!?」

しかし、引き分けになんかにはしたくなかった。
次の瞬間、二人とも顔を合わせて、
私:「でかい方が勝ち!」

T:「もちろん!」

このやり取りはほんの数秒だったと思う。
そして、ふたりとも自分のラインの先に目を移すと…

私:「えっ!?」
T:「はぁ!?」

なんと、2本のラインは同じ1点に伸びていたのである。
30cm離れたフライに確かに同時に飛沫が上がったはずである。
一瞬お祭り?と思ったが、やはりどう見ても、
同じ魚が二つのフライをくわえているようである。
私とTは距離を縮め、同じようにテンションをかけながら、
魚を寄せた。
ネットは私が出した。
無事にネットイン。
9寸くらいの立派なイワナである。
口にはしっかりと二つのフライがフッキングしている。

私:「どういうこと????」

T:「全く分からん…。」

私:「同時に10匹目を釣ったし、大きさも完全に一緒だから…」

T:「引き分けか…。」

そういった瞬間、
二人とも同時に笑い出した。
私:「よくよく考えると、くだらない事してたな。」

T:「全くだ。釣りってこんなにカリカリしながらするもんじ
ゃないよな。」

私:「くだらないことをしている俺らに山の神様が戒めをくれ
たのかも。」

T:「ほんとそうかも!」

優しく2つのフックを外し、イワナを流れに返した。
ちょうど昼時になっていたので、川の中の石の上に腰掛け、
二人でおにぎりをほおばりながら、さっきの出来事について話した。

いろんな可能性を考えたが、
くだらないことで争っていた自分達に対する
「山の神様の戒め」
というのが、一番しっくりいく答えだった。

午後の釣りはいつもの一人が前、一人が後ろ、のスタイルに戻した。
そして、何故かすこぶる反応が悪くなっていた(笑)
ヒットの回数は極端に少なくなった。
しかし、お互いのヒットに、お互いが素直に喜んだ。


「やっぱりフライフィッシングはこうでなくちゃ。」
私は心の中でそう思っていた。

私はTの背中を見ながら、改めてあたりの景色を見た。
6月の新緑が目にまぶしい。

「こんなきれいな景色の中で釣ってたんだ…。」

ぼそっとつぶやいた。

T:「なんか言った?」
Tが振り返りながら言った。

私:「いや、別に…。」

T:「それにしてもきれいな景色だよな。」
そういうと、Tはまた前を向き、ロッドを振りはじめた。

私は微笑みながらだまってうなずいた。


おわり。


Kawatombo kenさんの『短編 釣小説大賞』応募作品です^^

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