懲りない奴 (釣り人編)
入渓の時の高揚感はすでにない。
これまで、何回キャスティングしたのだろうか。
そして同じ回数、フライは何事も無く足元まで流れてきている。
仕事やら家族サービスやらで1ヶ月ぶりの釣行であるが、
大型連休の最終日なので、ある程度は覚悟していた。
実際この川に入渓するまでいくつかの川を見てきたが、
どこも車、車、車、車、そして人、人、人、人、。
ようやく車の少ないこの川のこの区間に入渓したのだが。
全く反応が無い。
多分、今朝早く、あるいは昨日まで人が入っていたのだろう。
それにしても魚がいないのか、それともいるけど反応がないのか。
それすらも分からない。
しかし、今さら場所を変えても状況はほとんど変わらないだろう。
さて、目の前に一級ポイントのひらきが現れた。
今時分のできるアプローチ、キャスティング、
プレゼンテーション、ドリフトを駆使する。
しかし、また何事もなくフライが足元に流れていた。
さすがに、集中が切れた。
少し休憩することにした。
こういう風に言う人がいる。
「この素晴らしい景色の中で釣りをすることで十分!
釣れなくたって、満足だよ。」
私にとって半分は当たっているが半分は当たっていない。
確かにこの素晴らしい景色の中で釣りをすることは、
何にも変えがたい素晴らしい時間である。
しかし、景色を楽しむなら、竿を持たなくてもよい。
私の場合、竿を持って入渓するということは、
すでに釣果を求めていることになる。
残念ながら、釣れない釣りを心から
楽しむような悟りはまだ開いていない。
さて、重い腰を上げて、また釣り始める。
相変わらず、何事もなくフライは足元まで流れてくる。
そして、とうとう釣り始めてから5時間が過ぎた。
この状況を、釣りをしない人が見たらこういうであろう。
「何のために、そこまでするの?」
同じ事を自問したくなってきた。
また目の前に一級ポイントが現れた。
一体今日何個目の一級ポイントだろうか。
流れを二分するように大岩があるが、
右岸側の流れが大きく、いかにもな落ち込みとひらきを形成していた。
対して左岸側の流れは細く、落ち込みも小さかった。
まずは右岸側の流れを攻める。
またしても、何事もなく足元まで来るフライ。
左岸の流れは魅力的ではないので、
一瞬パスして次のポイントに行こうとしたが。
ロールキャストで少し前方に打ち込み、
ピックアップしてフォルスキャストを3度ほどしてから、
左岸側の小さな流れに打ち込む。
ゆっくり流れてくるフライ。
ドラグがかかりそうになる。
縦のメンディングを一回入れたその時。
「バシャ!」
大きな水飛沫が上がった。
しかし、自分でも驚くほどに冷静に、適度が力であわせを入れた。
「大きい!」
尺前後の引きだと確信する。
「ばれるなよ!」
一度だけ、心の中でつぶやいて、
あとは無心でやり取りした。
しばらくすると、立派な体をした尺イワナが
ランディングネットに収まっていた。
さっきの自問が頭をよぎる。
「何のために、そこまでするの?」
その答えは分かっていた。
というか、そんなこと分かりきっている。
「この瞬間のためさ!」
尺ぴったりのそのイワナの写真を数枚取り、
丁寧に流れに返してあげた。
やっと一連の流れが完成した。
時計を見ると、まだ予定退渓時刻よりは早かったが、
ちょっと早く上がって、温泉にでもつかろうかなと考えた。
――――――――――――――――――――――――
1時間後。
結局温泉には入っていなかった。
まだ川の中にいた。
さっきの尺イワナから何回キャスティングしたのだろうか。
そして同じ回数、フライは何事も無く足元まで流れてきている。
これを人が見たら、こういうだろう。
「いつまで、そんな無駄なことをするの?」
その答えは分かっている。
というか、そんなこと分かりきっている。
「釣れるまでさ!」
(この文は限りなくノンフィクションに近いフィクションです(爆))
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