懲りない奴

まつやん

2007年09月07日 22:46



俺はこの渓のここら付近では一番大きなヤマメだ。
もう2回は冬を越したろうか。
この渓にしては大きな淵が俺の縄張りで、
俺はいつもこの淵の流れ込みの流心の底にじっとしている。
餌は流れ込んでくる波が勝手に口元まで運んでくれる。

水面の餌は滅多に口にはしない。
口にするとすれば、底から上を見上げて、
水面の餌がぎりぎり影となって見えるくらいの暗さになった時だ。
しかも、砂粒のような小さなユスリカしか食わない。


今日もあいつがきやがった。
どうやら水面を流れる餌のマネをして、
仲間を釣り上げているようだ。

それにしても若いやつは何故あんなものにだまされるんだ?
俺からみたら、あんなに早く流れていく餌があるものかという感じだが。
しかし、不思議なことに釣られた若いやつはしばらくすると戻ってくる。
聞くとしばらくすると放されるようだ。
そのまま帰って来ないやつもたくさんいたが、
あいつに釣られた仲間だけは帰ってくる。
あいつの目的は何だ?
ちょっと確かめたくなってきた。
今度来たら相手をしてやるか…。





今日もまたあいつが来た。
それにしても、こんな早く流れる餌なんてないだろう。
だまされて食う奴の気が知れない。

でも、今日はちょっとあいつと遊んでやろう。
ほんの一瞬だけな。
今日は珍しく器用に餌を巻き返しにのせているじゃないか。
よし一瞬遊んでやるか…。
一番の速さで突っ込んで、喰う!

「バシャ!」

思いっきり反転してやれ!

「ブツッ!」

ははは、糸が切れやがった。
あいつさぞかし悔しいだろうな。
ま、これで懲りてもう来ないだろう。





またきやがった!
あいつも暇なやつだなぁ。
よし今日も相手をしてやるか。
空中を飛んでいるところが見える…。
この分だと落ちるところはあの辺だなぁ。
ちょっと脅かしてやれ。
落ちた瞬間を狙って、喰う!

「バシャ!」

思いっきり反転してやれ!
ん!?あいつ糸を送り込んできやがった。
糸を切れなかったか…。
まぁいい、あのえぐれ岩に潜れば、糸がこすれて切れるだろう。

潜ってやれ!
おっと、なかなかいい感じで引っ張るじゃないか。
あのえぐれ岩に潜るのは無理だな。
どれ、あいつをびっくりさせてやるか。
あの足下に向かって泳いでやれ!
ん!?うまく糸に張りをかけているじゃないか!
なかなかやるな、こいつ。

じゃ、思いっきり流れに任せて下流に走ったらどうだ!
おや!うまく糸を張りながら送り込んできやがるし、
あいつ、慌てて俺と一緒に走ってくるじゃないか!
そんなに俺のことが釣りたいのか。
分かったよ、釣られてやるよ。





ほう。初めてネットというものに入ったが、
なかなか気持ちの良いものだな。
これがあいつの顔か。
やけにうれしそうな顔をしているな。
そんなに俺に会いたかったのか?
どうでもいいから早く放してくれよな。
俺も疲れてんだから。

変な機械を俺に向けていたようだが、
どうやら満足したようだな。
俺の体を両手で支えてくれるのか?
助かるな、このまま体力を回復するのを待てる。

よし、体力も回復した。
俺も楽しかったぜ。
また来たら、ま、俺の気が向いたらだけど、また遊んでやるからな。
今度はせめて、偽物の餌を本物ぽく流してくれよな。
いかにも偽物に食いつく方もなかなか勇気がいるんだからな。





またきやがった(笑)

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