懲りない奴
俺はこの渓のここら付近では一番大きなヤマメだ。
もう2回は冬を越したろうか。
この渓にしては大きな淵が俺の縄張りで、
俺はいつもこの淵の流れ込みの流心の底にじっとしている。
餌は流れ込んでくる波が勝手に口元まで運んでくれる。
水面の餌は滅多に口にはしない。
口にするとすれば、底から上を見上げて、
水面の餌がぎりぎり影となって見えるくらいの暗さになった時だ。
しかも、砂粒のような小さなユスリカしか食わない。
今日もあいつがきやがった。
どうやら水面を流れる餌のマネをして、
仲間を釣り上げているようだ。
それにしても若いやつは何故あんなものにだまされるんだ?
俺からみたら、あんなに早く流れていく餌があるものかという感じだが。
しかし、不思議なことに釣られた若いやつはしばらくすると戻ってくる。
聞くとしばらくすると放されるようだ。
そのまま帰って来ないやつもたくさんいたが、
あいつに釣られた仲間だけは帰ってくる。
あいつの目的は何だ?
ちょっと確かめたくなってきた。
今度来たら相手をしてやるか…。
今日もまたあいつが来た。
それにしても、こんな早く流れる餌なんてないだろう。
だまされて食う奴の気が知れない。
でも、今日はちょっとあいつと遊んでやろう。
ほんの一瞬だけな。
今日は珍しく器用に餌を巻き返しにのせているじゃないか。
よし一瞬遊んでやるか…。
一番の速さで突っ込んで、喰う!
「バシャ!」
思いっきり反転してやれ!
「ブツッ!」
ははは、糸が切れやがった。
あいつさぞかし悔しいだろうな。
ま、これで懲りてもう来ないだろう。
またきやがった!
あいつも暇なやつだなぁ。
よし今日も相手をしてやるか。
空中を飛んでいるところが見える…。
この分だと落ちるところはあの辺だなぁ。
ちょっと脅かしてやれ。
落ちた瞬間を狙って、喰う!
「バシャ!」
思いっきり反転してやれ!
ん!?あいつ糸を送り込んできやがった。
糸を切れなかったか…。
まぁいい、あのえぐれ岩に潜れば、糸がこすれて切れるだろう。
潜ってやれ!
おっと、なかなかいい感じで引っ張るじゃないか。
あのえぐれ岩に潜るのは無理だな。
どれ、あいつをびっくりさせてやるか。
あの足下に向かって泳いでやれ!
ん!?うまく糸に張りをかけているじゃないか!
なかなかやるな、こいつ。
じゃ、思いっきり流れに任せて下流に走ったらどうだ!
おや!うまく糸を張りながら送り込んできやがるし、
あいつ、慌てて俺と一緒に走ってくるじゃないか!
そんなに俺のことが釣りたいのか。
分かったよ、釣られてやるよ。
ほう。初めてネットというものに入ったが、
なかなか気持ちの良いものだな。
これがあいつの顔か。
やけにうれしそうな顔をしているな。
そんなに俺に会いたかったのか?
どうでもいいから早く放してくれよな。
俺も疲れてんだから。
変な機械を俺に向けていたようだが、
どうやら満足したようだな。
俺の体を両手で支えてくれるのか?
助かるな、このまま体力を回復するのを待てる。
よし、体力も回復した。
俺も楽しかったぜ。
また来たら、ま、俺の気が向いたらだけど、また遊んでやるからな。
今度はせめて、偽物の餌を本物ぽく流してくれよな。
いかにも偽物に食いつく方もなかなか勇気がいるんだからな。
またきやがった(笑)
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